境内案内
仁王門(におうもん)
急峻な石段の上にある本堂への表門にあたる。寛文五年(1665年)に建立された阿吽の二天像が護る。
急峻な石段の上にある本堂への表門にあたる。寛文五年(1665年)に建立された阿吽の二天像が護る。
勅使門(ちょくしもん)
宸殿と共に第三世門主一品公弁親王が、後西天皇より拝領し、元禄六年(1693年)に移築完了した檜皮葺きの総門で、陛下の行幸、勅旨の代参、並に当門跡門主晋山の大事以外は一切開門されない。
宸殿と共に第三世門主一品公弁親王が、後西天皇より拝領し、元禄六年(1693年)に移築完了した檜皮葺きの総門で、陛下の行幸、勅旨の代参、並に当門跡門主晋山の大事以外は一切開門されない。
晩翠園(ばんすいえん)
谷川の水を引き滝を造った江戸初期の回遊式庭園。「心字」の裏文字を形取った池に、亀石、千鳥石、座禅石などが配置された名園。
谷川の水を引き滝を造った江戸初期の回遊式庭園。「心字」の裏文字を形取った池に、亀石、千鳥石、座禅石などが配置された名園。
宸殿(しんでん)
御所にあった後西天皇の旧殿を貞享三年(1686年)に第六皇子一品公弁親王が拝領し、元禄六年(1693年)に移築を完了し当門跡の新書院とした。
御所にあった後西天皇の旧殿を貞享三年(1686年)に第六皇子一品公弁親王が拝領し、元禄六年(1693年)に移築を完了し当門跡の新書院とした。
霊殿(れいでん)
阿弥陀如来を中央にして歴代の影像や位牌を安置している。永禄六年(1563年)御所の御霊屋として建立されたが、第三世公辨法親王住持の時、後西天皇より拝領移築された。
阿弥陀如来を中央にして歴代の影像や位牌を安置している。永禄六年(1563年)御所の御霊屋として建立されたが、第三世公辨法親王住持の時、後西天皇より拝領移築された。
高台弁才天
太閤秀吉公の大政所高台尼公が大阪城内で念じていた弁才天であったが、当門跡中興第三世一品公弁親王が巡錫の砌り、庶民福楽の為に、所望せられて当地に勧請せられた。
太閤秀吉公の大政所高台尼公が大阪城内で念じていた弁才天であったが、当門跡中興第三世一品公弁親王が巡錫の砌り、庶民福楽の為に、所望せられて当地に勧請せられた。
毘沙門堂の全容